ファストフードの面白さときたら
吉野家の工場潜入!見よ、工場で特別につくられた、できたて牛丼だ!お代わり不可避のうまさだった!

吉野家の工場潜入!見よ、工場で特別につくられた、できたて牛丼だ!お代わり不可避のうまさだった!

吉野家の牛丼は、なぜうまいのか。その秘密の一つは、工場にある。たとえば、北米から輸入された牛肉は、厳密に温度管理される。そして、ピッタリ1.3mmにスライスされる。客の口に入る瞬間に向けて、すべてが逆算で設計されている。(吉野家の「吉」は、正確には「土」に「口」)

ここが、吉野家の心臓部だ!

ファストフードに隠された、知られざる企業努力を明らかにする本連載だが、吉野家の工場潜入が許され、埼玉県にある牛肉加工工場に向かった。立ち入れたのは北米産牛肉のバラ肉を牛丼用などに加工する現場で、吉野家牛丼づくりのまさに心臓部。しかも、切りたての牛肉による作りたて牛丼も食べさせてくれるというではないか!

全国に1,200店超を展開する吉野家は「店舗調理」が基本だ。その材料づくり、つまり牛丼用バラ肉とタマネギの加工、加えてタレの製造がここで行われている。担当者に先導され、上下の作業着と長靴まで白一色に着替え、毛髪が落ちないようにと青いキャップをかぶり、さらにエアシャワーを全身に浴びて付着する埃をきれいに吹き飛ばし、いよいよ足を踏み入れた。

開封される北米産牛肉。
開封される北米産牛肉。
牛肉
スライスの妨げになる箇所はトリミングされる。
牛肉
厚みを確認するための目印がある。

これが、北米産牛バラ肉だ。厚さは1.3mmに!

食肉加工の最初の工程は、段ボールに梱包された牛バラ肉を開封する作業だ。担当者曰く「牛の脇腹あたりで、呼吸する度に動く部位ですから、肉質がきめ細かく、噛みごたえもあります」。さて、どうカットされるのか。

2kgから7kgあるバラ肉のかたまりは、フィルムカット機で袋から取り出し、ベルトコンベアで次の「トリミング」工程へ送られる。トリミングとは、肉から軟骨や検査印のスタンプインクなどを取り除くこと。この日はスタッフ8名が包丁を使い、手早く、黙々と作業を進めていた。作業を終えた肉のかたまりは、熟練スタッフ2名によるダブルチェックを受ける。ここで赤身肉の下に隠れていた軟骨などが見つかると、トリミング工程に再び戻される。

次の「スライスチェック」工程は、タッチパネル操作ができる機械で、バラ肉のかたまりを同業他社より少し厚めの1.3mmにスライスする。

目測ではあるが1枚が6cm×23cmほどに加工され、コンベアに出てくる。作業員は続々と出てくるスライス肉の厚みや異物の有無を目視で確認していた。厚みに関しては、あらかじめ1.3mmに設定された隙間があり、そこに肉を当てれば、厚すぎ薄すぎがカンタンに確認できるように工夫されていた。

肉
ざっくりに2kgにかためられたスライス肉。
肉
2kgになるよう、手元の肉で加減するスタッフ。
肉
2kgに調整され、袋詰めにされた牛肉。

目視で、ほぼ正確に2kgの量がわかるスタッフ

次はスライス肉を袋詰めする前の「計量工程」だ。スライスチェック工程からコンベアで流れてくるスライス肉は2kgほどに集められているという。塊のようになったスライス肉は、およそ1m間隔でどんどん流れてくる。これを、ちょうど2kgにする。

計量工程は、調整用のスライス肉が入った箱を携えたスタッフが担う。コンベアがけっこうな速度で動いていて、計量機が2台並んでいる。なぜ、2台あるのか。実は、スタッフは1台目で計量する前に、肉の全体量を見て、肉をどのくらい増減するかを判断し、足りなければ調整の肉をつかむ。1台目の計量値を見て、瞬時に増減し、2台目では2,006gから2,012gの範囲に入っていることを確認しているという。

次の検品工程では、機械で2kgごとに袋詰めされた肉が改めて3つのチェックを受ける。重量の再チェック、金属探知機による金属片混入の有無チェック、X線照射では硬質物や異物混入の有無チェックだ。念入りなチェックを無事に終えたスライス肉は、2人のスタッフによって4袋ずつ、吉野家カラーのオレンジ色のコンテナに入れられて、出荷準備OKとなる。

コンパクトな食肉加工の現場だが、目視や検査機器などによる二重、三重のチェックが行われている。ここまで徹底されているとは。見学を終え、吉野家のバラ肉のおいしさの秘密について、2人の牛肉スペシャリストに話を聞いた。

北米産牛肉の利点を語る辻田英雄さん。
北米産牛肉の利点を語る辻田英雄さん。
スライスされたばかりの北米産牛肉。
スライスされたばかりの北米産牛肉。
チェック
厳重にチェックされ、安全が守られる。

なぜ、北米産の牛肉でなくてはならないのか?

最初に聞きたかったのは、なぜ北米産の牛バラ肉にこだわるか。牛肉スペシャリストの1人目、吉野家ホールディングス グループ商品本部商品部長の辻田英雄さんは、そのバランスの良さを挙げた。

「まずは赤身6に対して脂身4で、とてもバランスがいいんです。肉厚で脂身の旨みが濃厚なのが特長で、なおかつ、食べたときにしつこくありません。北米産牛は、一定期間の穀物飼育にも取り組んでいて、肉の臭みが少なく、日本人の口に合いやすいんです」

生後20ヶ月から24ヶ月の牛で、穀物飼育は約120日前後が中心。それぞれ、飼育期間の約5分の1に当たる長さだ。すべて当てはまるわけではないが畜種によっては更に牛の飼料に少しずつ穀物をまぜて慣れさせていく畜種もあるらしい。

取材当日は、米国から来日した牛肉加工業者を工場に招き、加工現場の見学と商談を行っていた。お互いの顔が見えるパートナーシップの構築にも余念がないようだ。話を聞けば、米国人の大半が箸を器用に使って牛丼を食べ、お代わりをする人もいれば、吉野家特製の唐辛子を振りかける「通」までいるという。

この日は、北米からも視察が入っていた。
この日は、北米からも視察が入っていた。
厳重な温度管理
厳重な温度管理によって、さらに味が増すとは驚きだ。
大田幹さん
解凍によってさらに牛肉がうまくなるメカニズムを語る大田幹さん。

1週間かけて、温度を1度だけ上げる理由

牛肉スペシャリスト2人目、先の辻田さんと同じ商品部で、畜産チームバイヤーの大田幹(おおた・もとき)さんが挙げた、おいしい牛バラ肉の秘密は「熟成解凍」だ。2014年から導入している吉野家の秘技だ。
「牛バラ肉は、マイナス25度~マイナス18度で国内に運ばれます。それを熟成解凍用冷蔵庫で2週間かけてマイナス2度にまで上げます。最初の1週間はマイナス18度からマイナス3度まで、残り1週間でマイナス3度からマイナス2度まで、じっくりと時間をかけて上げていきます」

解凍期間を短くすると、氷の結晶が急速に溶け、肉の細胞に穴が開いたような状態になって肉の舌触りがなめらかではなくなる、と大田さんが付け足した。すると、先の辻田さんが「1週間かけてマイナス3度からマイナス2度に温度を上げる過程で、肉の中のアミノ酸値が増加して熟成が進むんです。これがおいしさの理由の一つですね」とさらに補足した。

大田さんは熟成解凍のもう一つの利点も挙げた。
「一定の時間をかけて熟成解凍をすることで、肉のドリップが出にくいんです。ドリップとは、肉に含まれるタンパク質やビタミンなどの旨み成分を含んだ液体のこと。これが出ると、肉の旨みも逃げてしまう」

辻田さんに、厚み1.3mmにこだわる理由をあらためて聞いてみた。
「牛丼の肉は一時期、1.2mmにしていたことがありますが、基本は昔も今も1.3mmです。ちょうど噛み切りやすく、当社のタレと合わせた時に肉の旨味と甘みを最も感じられる厚さなんです。」

たかが0.1mm、されど0.1mmである。

特別版の牛丼
見よ、これが切りたて牛肉でつくった特別版の牛丼だ!
牛肉
さきほどまで、ブロックだった牛肉に味が染みていく。
牛肉
色も艶も最高だ!

米国人視察団とともに、会議室で牛丼大盛りを試食させてもらった。そのときに視察団だけでなく、吉野家の面々も口々に「おいしい」と言いながらお代わりする姿があった。たしかに、店舗で食べるものより肉が柔らかい気もしたが……。店長経験者の大田さんがこう即答してくれた。

「やはり作りたてが一番おいしいんですよ。あとは、肉盛りの全国大会を毎年やっているのはご存じですか?『作業』ではなく『調理』することへの吉野家のこだわりも、牛丼のおいしさを支える大切な要素だと思っています」

取材当日に振る舞われた牛丼も、店長経験者が腕によりをかけて作ったのだという。大田さんはこう続けた。
「私を含めて店長経験者は、他部署へ異動後も、『自分が作る牛丼が一番おいしい』と思っていますよ。そのプライドは、ずっと持ち続けているんです」

このシリーズで取材した2024年度の肉盛り王者の奥村和也さんが、休日に自宅の最寄り店へ行き、ねぎ玉牛丼大盛りとから揚げを心おきなく味わい、店員たちと雑談をかわしているという話が思い出される。想像を超える牛肉への手のかけ方にくわえ、社員の自社商品への深い愛着と、そのプライドも「おいしい牛丼」の味になっているのだと気づかされた。

文:荒川龍 撮影:岡村智明

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